戦艦大和が出来るまで 大戦略編

※こちらの記事は、サンキュウボウヤ独自の勝手な視点で
戦艦大和を解説しております。読者の方々の意見と相違もあると思いますがご了承ください。



開国してくれないというのなら、
私たちにも考えがあります(声:マシューペリー
サンキュウボウヤです。


戦艦大和が出来るまで
事の始まりは黒船来航までさかのぼる

≪写真は、ペリーが浦賀に来た時に黒船に掲げてあったアメリカ合衆国の国旗≫
DSCF1335s.jpg
(戦艦ミズーリにて)


200年以上もの間、鎖国して外国との関係に距離を置いてきた日本。
しかし、西暦1850年頃から世界は帝国主義の時代を迎え、日本も巻き込まれてしまいました。


ちなみに帝国主義とは、
”自国の民族主義、文化、宗教、経済体系などを拡大するため、あるいは新たな領土や天然資源などを獲得するために、軍事力を背景に他の民族や国家を積極的に侵略し、さらにそれを推し進めようとする思想や政策”
(wikipedia参照)


日本は、大陸から離れており、特に資源も持たない国だったため
欧米の侵略から免れていたが


帆船から蒸気機関の鋼鉄船が作れるようになると
航続力や速力がより向上し、
日本の港が中継地点として注目され、他国から侵略される危機にさらされるようになる。

そのときから、日本は自分たちを守るための海軍力
つまり戦艦を必要としたのだった。

≪戦艦三笠の30㎝砲≫
DSC_0261.jpg
大きな主砲と装甲を持つ戦艦を持つことで敵戦艦を征する。それが海軍力だった


なんとか、日本は植民地化から免れていたが
欧米諸国と対等な関係になく、対等な関係を手に入れたのは


1904年から1905年に行われた日露戦争勝利後だった。
DSC_0279_20131112141135a3b.jpg

日露戦争では、実力というより幸運が起きて
ロシアのバルチック艦隊と中国大陸東北部の戦いで勝利する。


日露戦争後、日本だけではなく
世界中で、戦艦を増強し海軍力を手に入れようとする。

日本では、日露戦争の戦訓として
8隻を1グループとして、2つのグループを交互に戦わせれば
敵を圧倒できるという考えの元、八八艦隊の編成に着手する。

≪長門型戦艦「陸奥」の41cm砲≫
DSC_5737.jpg
長門型戦艦は、この発想で作られた戦艦。
しかし2番艦陸奥を建造中、八八艦隊構想を断念せざるおえない事が起きる。

この頃、帝国主義で手に入れた大きな経済力で大きな海軍を持つイギリスとアメリカでさえ
大型戦艦を多数建造する事は、負担になってきた。
そんな中、戦艦を建造しまくろうとする日本。
この建艦競争を抑えるために戦艦の保有を制限する国際条約
ワシントン海軍軍縮条約を決める。

これは、アメリカ:イギリスが10とすると、日本は6の割合しか戦艦を保有出来ないものだった。
ちなみに、保有できる戦艦の主砲も16インチ以下(40㎝以下)と決められていたが
DSC_5798.jpg
(アメリカ・イギリスはインチで計算、日本は㎝で計算、
長門型戦艦は、世界には16インチ(40cm)砲搭載って事にしておきましたが、実は41cm砲だったw)



日本は昭和9年にこのワシントン海軍軍縮条約を破棄、対米戦に備え
16インチ砲以上の巨大戦艦の建造に着手する。

それは、1隻でアメリカ戦艦を数隻相手にして戦うという考えの
純粋に戦艦同志の戦いで勝利するための戦艦だった。

それが世界最大の18インチ砲(46cm砲)を持つ「大和型戦艦」である。
DSC_5824_201311121435539bf.jpg


ちょっと待って?アメリカも対抗して巨大戦艦を作られれば・・・

アメリカは太平洋と大西洋の2つ大洋を持ちパナマ運河を通れるサイズにする必要があった。
アメリカは16インチ砲搭載艦が限界だったのである。

また、アメリカは広範囲の海で長期間の作戦を行えるようにする必要あったのに対し
大和は、日本から近いマリアナ沖近海で決戦を行うために作られた戦艦であり
より武装と装甲に力を尽くした戦艦の設計が可能だったのである。
teitokutizu20131113.jpg



ちなみに大和型戦艦そのものも極秘だけど、主砲は超極秘扱いとされ、
アメリカも終戦まで大和は16インチ砲搭載だと思っていた。



しかーし
この戦艦さえあれば、日本は安全だ!!っと思うのもつかのま


戦艦大和が完成する頃には
海軍力=戦艦の時代は終わっていたのである。

世界軍事は、
点と点でぶつかり合う戦いから
面と面で戦う時代となり、より広範囲により自由に行動できる
航空機と潜水艦の時代になっていたのだった。。。
750px-USS_Cod;0822430
≪写真はガトー級コッドwikipediaより。日本の船の多くが、このガトー級潜水艦に沈められた≫


ハワイ真珠湾で、今も沈む戦艦アリゾナ
DSC_3628_20131113064622ac5.jpg
日本は、世界最強の戦艦を作っておきながら、
開戦と同時に行った真珠湾攻撃で数隻の戦艦を航空機で沈めるという大戦果を挙げたが
アメリカに航空機の威力を知らしめてしまうという大失態をおかした。


結果、
その咆哮をアメリカ戦艦に向ける事なく、潜水艦の脅威に行動を制限され
航空機によって沈められた。

幕末の頃、資源がなく植民地を免れた。
それから約95年後、巨大化した国家を満たすために資源を求めて
戦い、敗北した日本。戦艦大和は敗北の象徴にも見えてきます。


最後に・・・
本来抑止力として使うべき戦艦を
ガチで戦うために建造後もなお、その存在を
秘密にしていた時点で間違いだったのかもと思ったサンキュウボウヤだった。



次回、大和の凄まじい威力について
サンキュウボウヤの勝手な視点と、曲がった知識で解説したいと思いますので
よろしくお願いします。

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